2009年07月03日

海上保安庁の担任水域は

海上保安庁の担任水域は、領海、接続水域、排他的経済水域(EEZ)、日米SAR協定に基づく捜索救助区域(本土より南東1200海里程度)である。このうち領海とEEZを合わせた面積だけでも約447万km2あり、領土(約38万km2)の約11.8倍に相当する。これにSAR協定分担域を合わせると、国土面積の約36倍という広大な水域を担当していることになる。

海上保安庁の活動範囲は当初は「港、湾、海峡その他の日本国の沿岸水域において」(制定時の海上保安庁法第1条第1項)と限定されていたが、後に改正されて単に「海上において」と規定され、活動範囲の限定が解除された。そのため、活動範囲は全世界に及ぶ。一例として、専用船「しきしま」によるヨーロッパ - 日本間のプルトニウム輸送護衛任務、マラッカ海峡における海賊捜索任務などがある。
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海上保安庁は海上における警察・救難・交通業務を総合的に司ることを念頭に世界で初めて設置された海上警察機関である。よって、法第25条[2]により、海上保安庁は軍隊ではない事が規定されている。そのため、マーク・制服等は軍隊色をイメージしない物が取り入れられている。

一般的に国境警備隊・沿岸警備隊は、「準軍事組織」と認知されている。

巡視船艇の船舶自体の運航体制は民間船舶とほぼ同様であり、海上保安業務等は残りの乗組員により執行される。また停泊中は数名の当直を残し船内若しくは宿舎等で待機となる。

2009年06月13日

社会(しゃかい Society)とは人間と人間のあらゆる

社会(しゃかい Society)とは人間と人間のあらゆる関係を指す。[1]

社会の範囲は非常に幅広く、単一の組織や結社などの部分社会から国民を包括する全体社会までさまざまである。社会の複雑で多様な行為や構造を研究する社会科学では人口、政治、経済、軍事、文化、技術、思想などの観点から社会を観察する。

社会は広範かつ複雑な現象であるが、継続的な意思疎通と相互行為が行われ、かつそれらがある程度の度合いで秩序化、組織化された、ある一定の人間の集合があれば、それは社会であると考えることができる。[2]社会を構成する人口の規模に注目した場合には国際社会や国民国家を想定する全体社会や都市や組織などの部分社会に区分できる。さらに意思疎通や相互作用、秩序性や限定性という社会の条件に欠落があれば全てを満たす社会と区別して準社会と呼ぶことができる。

人間は誕生してから死去するまで社会の構成員の一人であり、また社会の行為者でもある。都市または農村において育ち、家庭や学校などでさまざまな教育を受けながら成長する。この過程で社会に存在している規範や法、宗教や芸術などの文化に触れ、そして家族外の人間関係を拡大していく。これは人間の自我の確立と同時に社会化の過程でもある。
バンジージャンプ
地球温暖化
体外離脱
白血病
花見
VDT症候群
元素周期表
油彩画
民話
翻訳
賃貸借
水上スキー
漢方薬
スキー
心療内科
妖怪
血液学
近畿地方
ウエストナイル熱
中国地方

成熟してからは自営業で、または政府機関や企業や軍隊に入り、労働を通じて報酬を得て生活する。これは国民社会、地域社会、家族などの多重的な社会関係を構築する人間の組織化であり、また分業化された社会における協働という社会交換の過程である。このように人間は、社会を形成すると同時に社会に形成され、社会に働きかけながら社会から働きかけられながら活動している。

社会は人口集団、都市形態、経済発展、政治体制、宗教などによって多様性を観察することが可能であり、時代や地域によってさまざまな社会の形態を見ることができる。

19世紀半ばまでの日本語には「社会」という単語はなく、「世間」や「浮き世」などの概念しかなかった。青地林宗が1826年(文政9年)に訳した『輿地誌略』に「社會」ということばが、教団・会派の意味で使用されている。古賀増の1855年(安政2年) - 1866年(慶応2年)の『度日閑言』にも「社會」ということばが使用された。明治時代になると森有礼が1874年(明治7年) - 1875年(明治8年)に編んだ『日本教育策』や福地源一郎が1875年(明治8年)に書いた『東京日日新聞』の社説に社會という用語が使われた。

『翻訳語成立事情』では、福澤諭吉(『学問のすゝめ』第17編 1876年(明治9年)、『分権論』1877年(明治10年)に使用)が英: societyを訳して「社會」という語を作ったという説を提示しているが、年代の前後については以上の通りである。

2009年06月09日

インフェクションコントロールドクター

インフェクションコントロールドクター(Infection Control Doctor:ICD)とは、感染症や感染制御、院内感染対策を専門に取り扱う医療従事者のことを指す。

和名称では、医師と歯科医師に限り感染症対策専門医や感染症制御医などの名称が使用されることがあるが、ICD制度協議会が制定している和名称はない為、広くインフェクションコントロールドクターというカナ名称が使用されている。現在、ICD制度協議会の下、資格の付与が行われている。

下記で述べるとおり、医師や歯科医師以外に博士号所持による資格取得者もあるが、それぞれの有する免許により許される業務は異なる。例えば診察行為ができるインフェクションコントロールドクターは、医師と歯科医師だけである。
教材 観光 ネイル 分譲 しみ取り 転職 養育 わきが 損害保険 アロマ 美容 楽器教室 お土産 学校 関東 香水 動物園 美容整形 就職 ペット 資産運用 運送 美容整形 墓石 審美歯科 事務用品 予備校 交通 スクール 中国四国 ケア 予約 旅館 健康 エージェント 美容整形 分譲 結婚 美容整形 整体 審美歯科 贈答品 教育 宿泊施設 ステイ 地域情報 香水 興信所 プチ整形 キャッシング

なお、日本感染症学会が認定している感染症専門医とは別の専門資格である。

インフェクションコントロールドクター(以下、ICD)は、元々医師の専門医資格の一つして運用されていた。例えば、「日本感染症学会認定医」の様に学会が認定するものであった。しかし、院内感染などの感染防御の必要及び広い人材育成・確保の為には、医師のみならず他の医療系職業への感染症に関する高度な知識と技術が必要であることから、医師以外の職業の者にも条件付で付与されることとなった。ただ、医師・歯科医師以外の場合、博士号が必要な上に感染症学を専門に学びながら、かつ、日常業務をこなさなければならず、その取得には多くの時間と労力を必要とするとされている。

歯科医師の場合は、歯学それ自体が医学の一専門分野であるとの認識が強い点やICDだけでは収入につながらない点、また、大学病院などでICDとして専属勤務する場も極めて少ない点などから、ICDの歯科医師は少ないのが実情である。しかし、歯科医療の大半は外科的処置であり、感染防止などの知識と技術はICDレベルのものが必要とされている。また、歯科医師・臨床実習生の中には、ICDには興味・関心がある者が多いとの報告がなされている[1]。ただ、前述した様々な理由から、より歯科の専門化された臨床系専門医資格(歯周病専門医や口腔外科専門医など)を取得したいと考える者が多い為、ICDそれ自体を目指そうと考える者は少ないと考えられる。以上の状態により、ICDの大半は医師が占めているのが実情である。

なお、現在認定ICDは、3,948人(2004年)であり、数字上では300床に1人の割合となっている

2009年04月25日

ドナウ川付近から兵を退いた

ロシアがドナウ川付近から兵を退いたので、戦争は元々の理由を失った。しかし、オスマン帝国に対するロシアの脅威を取り除き「東方問題」を決着させるために、イギリスとフランスは戦争を続行し、ロシアに次の要求を提示した。
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ドナウ川付近の公国に対する保護権の放棄
帝国内の正教徒の保護を理由にオスマン帝国に介入することの放棄
「海峡問題」について1841年の条約が再確認されること
ドナウ川の通行権は全ての国に認められること
しかしニコライ1世はこの「4項目」を拒否したので、戦争は続行した。

ニコライ1世が死ぬと、後継したアレクサンドル2世は和平交渉を開始し、講和条約のパリ条約を締結した。パリ条約では「4項目」の主旨が厳守され、ドナウ川沿岸の公国に対するロシアの特権は列強に譲渡され、黒海沿岸にはオスマン帝国もロシアも一切の海軍施設および海事に関わる軍需工場を設けないことが約束された。これにより、オスマン帝国に対するロシアの脅威は大きく減じた。さらに列強により、オスマン帝国の独立および領土保全を尊重することが約束された。

パリ条約の体制は1871年にフランスとプロイセンが交戦した普仏戦争まで維持された。普仏戦争の結果ドイツはプロイセンを中心に強力なドイツ帝国を形成し、フランスは打撃を受け、1852年以来帝政をしいていたナポレオン3世は追放されて現在の共和制(フランス共和国)となった。イギリスと友好関係を維持したナポレオン3世の治世の間、フランスとロシアとは「東方問題」をめぐる対立関係にあったが、パリ条約以降オスマン帝国へのロシアの干渉は重大問題とならなかったこともあり、共和制になったフランスはロシアに接近した。さらにロシアは、ドイツ帝国のビスマルクの支持も得て、パリ条約における黒海の非武装化条項を非難した。イギリスは反対したが、単独ではこのような動きを押さえ込むができなかったため、ロシアは黒海艦隊を再建することに成功した。

2009年04月08日

世良公則&ツイスト

世良公則&ツイスト(せらまさのりアンドツイスト、ツイスト)は、世良公則を中心に結成された日本のロックバンド。ロックをメジャーに押し上げた最初のロックバンドである

ツイストは1977年(昭和52年)11月13日(日)『第8回世界歌謡祭』日本武道館にて『あんたのバラード』(A Ballad For You)でグランプリ受賞。12日後の11月25日(金)にキャニオンから『世良公則&ツイスト』としてデビュー。同日、シングル版『あんたのバラード』発売。この際、世良公則と神本宗幸を残しメンバーチェンジ。ふとがね金太、鮫島秀樹、太刀川伸一、大上明を迎え入れる。従って、シングル版『あんたのバラード』のみ、演奏はツイスト大阪時代の創始メンバー(略)である。

セクシーな世良のボーカルスタイルは女性から高い人気を得て、翌1978年7月10日に発売したデビューアルバム『世良公則&ツイスト』はオリコンで1位を記録、日本のロックバンドとしては、デビューアルバムが、チャートの1位を記録したのはこのアルバムが初めてである。この年から始まったザ・ベストテン初年度のシングル・年間第1位(「銃爪 (ひきがね)」)、年間第3位(「宿無し」)に輝き一気にスターダムにのし上った。「銃爪」の10週連続1位は、「ルビーの指環」(寺尾聰)12週連続に次ぐ歴代2位。その後も立て続けにヒットを飛ばし人気を不動の物とする。70年代に最も人気のあったロックバンドである。

また歌謡曲とニューミュージックの全盛期に於いて「ロックも売れる」ことを初めて証明したバンドであり、ロックとは無縁だったファンを獲得、それまでのロックバンドにはなかった女性ファンを開拓し、新たな潮流を生み出すきっかけを創り出した功績はあまりにも大きい。ツイスト以前にも1975年にダウン・タウン・ブギウギ・バンドがロック系の大ヒットを出したが、この時は後が続かず、大きなムーブメントにはならなかった。しかしツイストが先鞭を付けた1978年、やや遅れてデビューしたサザンオールスターズ、同年「時間よ止まれ」を大ヒットさせた矢沢永吉、大ヒットを連打した原田真二、甲斐バンドとともに、この時代誰も予想だにしなかったロック系のヒットラッシュは音楽マーケットに大きな革命を起こした。

1980年に発売された「LOVE SONG」が、最後のランク曲になり、自分達の事務所を発足させるなどしたが1981年解散した。 ベーシストの鮫島は解散後ハウンドドッグに加入。

またバンドの形態という意味でも大きな功績を残している。基本的に楽器を持たず、ボーカルに徹する強力なボーカリストをフロントに立てるビートルズ型ではなくローリング・ストーンズ型ともいうべきバンドスタイルは、ツイスト以降、甲斐バンド、ゴダイゴ、RCサクセションらが商業的に成功した事で、日本のロックバンドの一形態を作った。これは現在も売れるバンドの常套手段となっている。ツイストらが興したロックのメジャー化は、前記ビートルズやローリング・ストーンズ、レッド・ツェッペリン、ディープ・パープル、T・レックス、クイーン、キッス、セックス・ピストルズ、ザ・クラッシュ・ラモーンズなど外国バンドの影響を多大に受け、1980年代以降のバンドブームを誘発したと言える。(注:甲斐バンド、ゴダイゴ、RCサクセションの方がツイストよりデビューは早いが、レコードが売れて一般に認知されたのはツイスト以降である)

メンバー [編集]
以下は1981年の解散時メンバー

世良公則(ボーカル、ギター)
ふとがね金太(ドラム)
鮫島秀樹(ベース)
神本宗幸(キーボード)
松浦善博(ギター)
以下は途中脱退メンバー

大上明(ギター)※脱退後もBEST&LAST及びROUND2の制作に参加
太刀川紳一(ギター)
以下は準メンバー、サポートメンバー

作本光弘(ギター)※1981年に加入
東山光良(ベース)※1993年の再結成全国ツアーで鮫島の代わりに演奏

世良公則、ふとがね金太、鮫島秀樹、大上明はともに大阪芸術大学の卒業生。

ミネア あさひか ストレ マッチ アック 繊細 せいじゅ パワーサプ ランドロ ステイ ヒート メキシコ エグゼ べにあか センリョウ アーバン オーバ ロッキード やっこだこ パターン カピバラ アフガン サーボモ メリー 望郷の月 じゅご リンガ モルデ パトス キャンサド ティン デジタル ネクスト ノーショー コンファー ビオチ クレーション フィーマ カーラジオ バビア ナビノニ やまんば デーゲーム 世界の家 ブービー ドゥク サイダ ジャージー ベンダー フレーター

2009年03月24日

濃鉄道110系電車

東濃鉄道110系電車(とうのうてつどう110けいでんしゃ)は、東濃鉄道が同社駄知線用に西武鉄道から1964年・1966年に譲受した通勤形電車モハ110形・クハ210形の総称である。1972年の水害による同線休止まで使用され、1974年の同線廃線後、総武流山電鉄と名古屋鉄道に譲渡されたが、いずれも現存しない。

概要 [編集]
車体長16m級の3扉ロングシート車。釣り掛け駆動・HL車(間接非自動制御車)である。

元は1927年(昭和2年)に製造された西武鉄道(初代)のモハ550形・クハ600形(後のモハ151形・クハ1151形)で、昭和初期に川崎造船所(現・川崎重工業)が製造した「川造型」と呼ばれる全鋼製電車の一典型である。深い鋼板製屋根、幅広な腰板に伴う重厚な形態が特徴だった。

西武におけるこのグループの電車は、1960年代以降各地の私鉄に譲渡され、頑丈な作りから重用された。東濃鉄道では、駄知線の輸送力増強のため、1964年にモハ155-クハ1156を、1966年にモハ152-クハ1151を譲受し、それぞれモハ110形-クハ210形の111-211・112-212の2両編成2本として使用された。譲受に際し、トンネルの狭小な車両限界をクリアするため、モハ110形のパンタグラフの取り付け部分の屋根を低くする改造を行っている。

1974年の駄知線廃線により廃車となり、111編成は総武流山電鉄に譲渡され同社モハ1002-クハ55となった。112編成は翌年に名鉄に譲渡され、同社では75kWモーター搭載のHL制御であることから3700・2700番台の車番が与えられ3790系モ3790形3791-ク2790形2791となった。同社では築港線の専用車として運用され、編成の中間にAL車[1]である3800系の制御車ク2815を挟み、モ3791(Mc) - ク2815(Tc) - ク2791(Tc)の3両編成を組んだ。HL車との相違点はマスコン及び制御器であるため、付随車の代用としてなら連結できたという例である。なお他形式との混結運行は行われていない。

名鉄3790系は老朽化により1985年3月28日に廃車となった。また総武流山のモハ1002は1988年、クハ55は1981年に廃車となっている。

サイコロ セリクー クイズ ビアンコ ナビ淡竹 チャーイ バッスル グリーン ナルコ スランプ カナメモチ しおで 満月アナタ ジバン フィーバ ジーメン コシア 虹の橋 透明人間 アスキー プラスタ パイプオ ゲスケル 鯉のぼり ガラシ シーリング スイート ハネムーン 北の旅人 ワイファイ スキッド ビンゲン ション マサキ トンキロ レシー サヘル スリット レッシブ ナイス ブローチ フレー リスト ナビメリノ ジャズ フェンス りっさ サード だむら ターゲット


2009年03月08日

ケニヤに産するものは比較的良

アフリカでは、ケニア、タンザニア、マラウイ、モザンビークなどで生産されているが、その多くがブレンド用である。ケニヤに産するものは比較的良質とといわれる。

ケニア
アフリカンプライド

ロシア
ジョルジ (Georgie)
水色は深橙色。ストレートティー向き。甘い味を持つとといわれる。

トルコ
リゼ (Rize)
チャイダンルックと呼ばれる二段式のヤカンで濃く淹れ、沢山の砂糖をいれて飲まれる紅茶。

日本
1876年(明治9年)に紅茶用茶樹の種子が導入され、鹿児島、福岡、静岡、東京に紅茶伝習所が設けられ、紅茶に適するアッサム種と中国種を交配し国産紅茶品種を作り、紅茶の製造がはじまった。昭和30年代半ばまでは1,500t以上生産されていた。1971年の紅茶輸入自由化以降、国内の紅茶生産は壊滅状態となったが、現在では九州、静岡県および長野県、三重県、山陰地方などで生産された国産紅茶が若干量流通している。渋みがあまりなく、柔らかな口当たりを特徴とするまろやかな紅茶が多いが輸入紅茶に比べ品質の違いは大きい。
バット ジュズダマ はないかり マグカップ しょうぶ ブロックバス ゲンスト マジカ カムアウ 国内山芋 スケーラ ゼロサム テナン ヨルムン こだま NEW世界 スカト オポッ フォーク シャンプー カヤック ネイチャー バイト ゲンタマ クヌギ リドール マット キャンバ ランド スリッパ てのひら ムーラン ヌバック リップミル ハーケン 高原の月 きつきみ ブイアイピ リトアニ キニン 笠だけ レサー モント サンザシ あかさ スダイヤ いたけ ツーピース ワカ フィリピン

一方、沖縄県では紅茶生産に適する原料となるアッサム種の生産に適する位置から、1958年にアッサム種の生産を試みた記録がある。定着はしなかったが、2000年より再度生産を開始。「琉球紅茶」のブランド名にて有機栽培・無農薬などの付加価値を付け、苗木から選定したブランド化をスタート。自治体と取り組み本格的な生産に乗り出し、「金武町琉球紅茶産地化事業」が2008年JAPANブランドに認定。同年、中小企業庁地域資源育成事業にも認定され、国外の販路も視野に入れた高品質な国産紅茶の本核的な生産を開始している。

主なブランド
静岡県:丸子紅茶
長野県:うまいんだに
三重県:伊勢紅茶
島根県:出雲紅茶
鳥取県:鳥取紅茶
大分県:杵築紅茶
佐賀県:嬉野紅茶
鹿児島県:鹿児島紅茶、阿久根紅茶
沖縄県:琉球紅茶
主な国産紅茶用品種(農林登録年度)※紅茶向け品種には”べに・もみじ”など赤を連想する言葉が使われている
べにほまれ(昭和28年)
はつもみじ(昭和28年)
べにかおり(昭和29年)
べにふじ(昭和35年)
べにひかり(昭和44年)
べにふうき(平成5年):メチル化カテキン利用により機能性食品原料として注目品種

ブレンド・着香茶(フレーバーティー)
原茶では味わえない味と香りを楽しむために、複数の茶葉を混合したものをブレンドと呼ぶ。ブレンドには大きく分けると2通りあり、異なる産地のものを合わせる場合と、同じ産地で違う茶園や違う日にちに採取した茶葉を合わせる場合がある。また香料やその他の方法で茶葉に香りを定着させたりハーブやドライフルーツなどを混合したものは、着香茶(フレーバーティー)と呼ばれる。大手メーカー(パッカー)の商品にブレンドが多いのは、安価で安定した茶葉を広く流通させるためである。 以下に良く知られるブレンド名を示す。

ブレックファスト
名前の通り、朝起き抜けに、あるいは朝食に添えて飲むためのブレンド。水色がかなり濃く、比較的強い渋味を持つ。イングリッシュとアイリッシュの二種があり、特に後者は渋味が強い。通常ミルクティーにして飲む。
アフタヌーン
午後のひとときに味わって飲むためのブレンド。ブレックファストに比べると渋みが少ない傾向だが、味や香りはパッカーによりさまざま。
HMB (Her Majesty's Blend)
女王陛下のブレンドという意味。通常リッジウェイの物を指す。渋味の抜けたスッキリとした味わい。
プリンス・オブ・ウェールズ
キーマンをベースにした、蘭の花のような香りが特徴。名称の由来は英国・皇太子時代のエドワード8世。
産地の名を冠したものは、各々の産地の特徴的な香味を生かしつつ年毎の茶葉の質の変化を調整し、改良したものである。

ダージリン
アッサム
セイロン
着香茶(フレーバーティー)には香料を茶葉に吹き付けたものや、ハーブやドライフルーツなどを茶葉に混ぜ込んで着香したもの、香りの強い物質から茶葉に香りを吸着させたものなどがある。品質の良くない茶葉に商品価値をつけるために着香することが少なくない。前述の産地名のついたブレンドの中には、紅茶の香りを人工的につけた粗悪なものもある。

アールグレイ
比較的渋みの少ないブレンドした茶葉にベルガモットで香りを付けた着香茶のこと。名前は19世紀の英国首相グレイ伯爵を由来としている。なおキーマンに着香したものがスタンダードとされる。独特の香りが好まれ、また高温に加熱しても香りが飛ばないことから、クッキー、ケーキ、ゼリーなどの菓子にアールグレイがよく使われる。しかしこれらは厳密に言えば紅茶風味の菓子というより、ベルガモットの香りの菓子である。
レディグレイ
アールグレイをベースに、柑橘類の果皮と矢車菊の花を加えたトワイニング社のブレンドティ。フルーティーで爽やかな風味。
正山小種(ラプサン・スーチョン)
茶葉を松葉で燻して着香した着香茶。正露丸にも喩えられる燻製香が特徴で、好みが分かれる。
この他、さまざまなブレンド・着香茶が存在する。また同一パッカーで同一ブレンド名のものでも、出荷先の水質や嗜好の違いなどを考慮して、混合を調節することがある。

等級
茶葉の仕上げの茶葉形状で分類したものが等級である。したがって味や香りを保証するものではない。茶葉の大きさや揉捻に差があると、抽出時間にばらつきが出て味に影響が出るため、揃えているものである。国際的に統一された規格ではないため、同じ等級でも産地によって形状に違いがある。

オレンジペコ (Orange Pekoe, OP)
茶葉の形状としては一番大きい茶葉を指す。
フラワリー・オレンジペコ(Flowery Orange Pekoe, FOP)
オレンジペコ等級並の大きさの茶葉で芯芽や若葉が多く含まれるものを指す。
ブロークン・オレンジペコ(Broken Orange Pekoe, BOP)
オレンジペコと同じ茶葉を細かく砕いたものを指す。
ペコ(Pekoe, P)
BOPよりやや大きく、OPやFOPより小さい茶葉を指す。
フラワリー・ペコ(Flowery Pekoe, FP)
Pで芯芽を多く含むものを指す。
ブロークン・オレンジペコ・ファニングス(Broken Orange Pekoe Fannings)
BOPよりさらに細かくなった茶葉を指す。
ダスト(Dust)
一番細かく粉状になった茶葉を指す。ダストだからといって低級品というわけではなく、上質なものから低質なものまでピンキリである。主にティーバッグに使われる。
その他、通常より茶葉が大きかったり芯芽や若葉が多く含まれていたりする場合、他と差別化するためにOP1など、等級名に1を付けたりする場合がある。 元々は茶摘みにおいて枝の芯芽とそのすぐ下の若葉枚が摘まれ1芯2葉摘みという手法を取っており、1葉と2葉をそれぞれ摘んで製茶されていた。そのため1葉をオレンジペコ、2葉をペコと呼んでいたが、現在ではこの摘み取ったものを一部(特殊な製茶をする場合)を除いて一緒に加工されているため茶葉の区別がなくなり、茶葉の部位ではなく仕上がり時の形状を示す言葉となっている。

なお、特に高品質の茶葉として以下のものが出回っているが、これらの等級に関しては、おおむねインド政府紅茶局が認定はしているが、茶園やディーラーが品質の良さをアピールするために勝手に付けるものである。したがって、本来のリーフ形状によるグレーディングの範疇をいささか逸脱した感もある。 チップを自然乾燥させたものをシルバーチップ、揉捻の際に出る、発酵成分を含んだ液に染まることで、乾燥後に金色に光るものをゴールデンチップという。

ゴールデン・フラワリー・オレンジ・ペコ (Golden Flowery Orange Pekoe, GFOP)
FOPのうち、ゴールデンチップを含むもの。
ティッピー・ゴールデン・フラワリー・オレンジ・ペコ (Tippy Golden Flowery Orange Pekoe, TGFOP)
GFOPのうち、チップの量がとても多いもの。
ファイン・ティッピー・ゴールデン・フラワリー・オレンジ・ペコ (Fine Tippy Golden Flowery Orange Pekoe, FTGFOP)
TGFOPのうち、ほとんどがゴールデンチップから成るもの。
シルバー・ティッピー・ゴールデン・フラワリー・オレンジ・ペコ (Silver Tippy Golden Flowery Orange Pekoe, STGFOP)
TGFOPのうち、ほとんどがシルバーチップから成るもの。STGFOPもスペシャル・ティッピー・ゴールデン・フラワリー・オレンジ・ペコと表示される場合がある。
シルバー・ファイン・ティッピー・ゴールデン・フラワリー・オレンジ・ペコ (Silver Fine Tippy Goldern Flowery Orange Pekoe, SFTGFOP)
この等級は従来のカテゴリにはなく、後にディーラーが追加で作ったものと推測されるが、チップの量・質ともに優れているものに付けられている。ゴールドチップ、シルバーチップ共に多く含む最上級茶葉である。
さらにTGFOP1やSFTGFOP1など最後に'1'を付けた物もあり、これはナンバーワンというような意味であるが、先に述べた通り、等級の表示に関しては、なんの基準もなく、消費者の誤解を招きやすい。

また、チップのみを集めたものが「貴重」とされ高額で取引されているが、紅茶の旨み・香気成分が生成される前に摘み取られるため、味と香りはほとんどなく、水色も淡い。

2009年02月20日

惑星連合の政治家

アブドゥーラ・アッラー・ディーン・カシム
惑星連合の政治家。本作では稀なアラビア人。惑星連合連邦議会の主席評議員だったが、タイラーが大統領になると首席補佐官となる。しかし、機密事項はタイラーとユリコで決めてしまい、カシムはもっぱら雑務に追われた。
シェード ロコシ ネオクラ アマウ シブル トラジャ リーデ トーンダ フラット ジャス とうおん スウェット フラッシュ シェル オイデ チッタ ブーティ アサガオ なるこ オクナ ミックス るりこん スミド ベリドット のえいう セジュ カズラ ソフト アンチーク リジン リンネ ビリヤ モノリス ビオラ ダメージ ライアド ピアサ ドーナ てんめん ヌンチャ イザヤ タービン リーチ しょうたく プレー グザグ グルス 三番目 花かんざし リッジ

惑星連合(民間人)
コウサク・カヤマ
タイラーの最初の理解者。モデルは加山雄三。「宇宙の若大将」大学の学園祭でゲストとして来ていたノリコと知り合い、後に結婚。数年で離婚するが一男を儲ける。
ノリコ・バッハ
バッハとはドイツ語で「小川」の意味でモデルは小川範子である。人材を求める軍のCMに出演し、それもあってタイラーは軍の門を叩く(実は彼女は、ある事情でタイラーに唇を奪われた事を根に持ち、自分がCMに出演した商品は全て購入する、サービスには加入する事を約束させた上で、軍のCMへの出演を承諾した)。
オズリック・ランスロー
素人歴史家。本業はランの栽培。『大宇宙のサムライ』の著者と設定されている。素人ながら作中では御用学者と一線を画する歴史観が評価されたという。7度も離婚する破天荒な私生活を送り、慰謝料のため身代を潰した。吉岡作品におけるヒゲオヤジ的存在で、他作品にも登場する。キサラより少し年上の世代だが、本編に登場することはない。

ラアルゴン帝国
ゴザ16世(幼名:アザリン、原作ではのちにルッチナ1世)(声:笠原弘子)
父ゴザ15世と母、兄二人を一度に失った為幼くして即位した。即位から暫くはワングによる独裁政治が行われたが、失脚後は彼女の親政となる。
アシュラン戦役時に一時は退位するが戦役終了後はラアルゴン帝国を共和国に変え、自ら象徴の立場として政治を行う。
ラアルゴンに囚われの身となり、脳にチップを埋め込まれて動物同然となったタイラーを「パコパコ」と名付け可愛がっていた。
戦役時に知り合ったイサムに惹かれ結婚。
『真』での変更点
タイラーとの関係がかなり親密なものになっている。
ル・バラバ・ドム(声:関俊彦)
別名「赤き獅子」。父はワングの罠にかかり戦死、母も病で死に、恋人も殺されるが不屈の闘志で戦い続ける、タイラーの名ライバル。惑星連合との講和後は官房長官となる。
作者のイメージでは、他のラアルゴン人同様ヒゲだらけのマッチョマンだったが、イラストで美男子に描かれて扱いが大きく変わった、という。
ナク・ラ・ワング(声:塚田正昭)
宰相・大僧正。権力に異常な執着を見せ、アザリンの裏で政治を操っていた。
敵に背を見せる事を恥とするラアルゴンの中で転進また転進の愚行により失脚・逃亡するが偶然にも『信濃』と遭遇して共同戦線を張る。
シア・ハス(原作ではのちにシア・ヤマモト・ハス)(声:三田ゆう子)
私掠海賊あがりの軍人。女だてらに男勝りの仕事をする女傑だったが、ひょんな事から知り合ったヤマモトに惚れ込み結婚、地球に帰化する。
ユッター・ド・ロナワー(声:西尾徳 OVA版:大木民夫)
老練な将で、アザリンの戦略戦術の師でもある。ドムにも目をかけていた。ガラハン、ドナンの敗死後、自らタイラーに挑むが敗れ戦死。
「泥縄を結った」が語源だが、正しくは泥棒を見て(捕らえて)縄を「なう」である。
ガラゼル・ガ・ガラハン
ラアルゴンの提督。タイラーの初陣を飾った相手。老朽駆逐艦「そよかぜ」一隻で向かって来たタイラーの行動を深読みし、34隻を失う惨敗を喫した。御前会議で賜死となり、アザリンのペット・トポトポの生贄にされた。
『真』での変更点
タイラーの初陣もロナワーが相手になっており、ガラハンは登場しない。また、ロナワーは更迭されたに留まり、死刑にはなっていない。
ラクラム・ド・ドナン(声:円谷文彦)
ラアルゴンの提督。ラアルゴンではロナワーに次ぐ地位だが、戦略家ではなく猪突猛進タイプ。土佐犬に似た顔をした巨漢。タイラー抹殺を命じられるが逆に翻弄され、戦死。
『真』での変更点
ロナワー更迭後の後釜になっている。
バルサローム
ドムの副官。始めはロナワーのお目付役としてドナンの副官となるが、彼を見限りドムの配下となる。地味だが堅実な用兵でドムをよく補佐した。アシュラン戦役でフェーザー砲(超大型のレーザー兵器)の照射範囲内から敵艦隊を逃がさぬ為に立ちはだかり、自らも照射を受け戦死。
ツ・ヅキ
宮廷お抱えのデザイナー。アザリンの(露出過剰な)衣服は彼のデザインによるもの。シード教の暗殺者の毒刃に襲われて苦戦する事になったアザリンは彼を恨んだという。
ペトロ・デ・ニム
ワング亡き後のラアルゴン参議筆頭とも丞相ともいわれる。
ランドラ・ラ・セトラ
ラアルゴンの宮廷科学者で、科学技術庁長官。ラアルゴン学界の重鎮。ワングの遠縁だがその失脚後も地位を保つ。颱宙ジェーンの件でタイラーに敵対し、秘密裏に移民船建造を企てる。しかし表向き反乱を起こしていたイサムの軍勢に破壊され、タイラーの計画に協力することを受諾。しかし、シード教のテロに倒れた。
ゴザ15世
ラアルゴン帝国26代皇帝。アザリンの父。宇宙生物学に造詣が深く、研究書『惑星トコスのトキイロスナヤドリ類に見る適応拡散と多様性の実際』を著している。しかし皇帝としては無能で、ワングに実権を握られていた。惑星連合との和平交渉の途上、皇太子バスタップと共にティン・ルウのテロに遭い死亡。
シード教
ラアルゴンの太陽、ARA-IIIを崇拝する宗教団体。滅び行くARA-IIIを救うため、多くの生贄を必要とする教義で、暗殺をこととし、ゴザ1世の時代に異端として弾圧されるが、地下活動を続けていた。タイラーが大統領になると再び活発となり、アザリンの命を狙うなどのテロ活動を繰り広げる。ARA-IIIを超新星にする計画を知るとそのテロ活動は頂点に達し、あの手この手で計画を妨害した。

アシュラン公国
血縁的にはラアルゴン寄りであり、皇帝の血筋が絶えた時一番皇位を継ぐにふさわしい家系であったが、ワングの讒言によりゴザ15世により滅ぼされた一族の生き残り。表向きはラアルゴン帝国に従属していたが、父の、一族の敵を取る為ラアルゴン帝国へ復讐する。その野望はやがて宇宙を手にするという野望へと変わり、アシュラン戦役へとつながる。

ティン・ルウ
アシュラン三兄弟の長兄で、アシュラン公国の車椅子の公王。先代ティン・マオが殺された時はまだ若かった為地下へ潜り復讐の機会を待った。アザリンとは乳兄弟の間柄で彼女より4歳年上。一番仲が良く、アザリンは彼を本当の兄のように慕っていた。
ラアルゴン帝国と惑星連合の戦争に乗じて漁夫の利を得るため、和平交渉の途上にあったゴザ15世を暗殺。惑星連合の仕業に見せかけ、和平を御破算にした。その後「アスキルト平和条約」で停戦が結ばれると、再び両軍に破壊工作を仕掛け、それに釣られたラアルゴン帝国は停戦を破棄。両者の主力艦隊が出払った隙にラアルゴンと地球を急襲、両者を手中に収めた。
彼が車椅子なのはアザリンが原因ではあったが、恨んではいない。
一度は銀河系を統一したが、タイラーなどが反旗を翻した。最後はアザリンとの一騎打ちを演じるがイサムが放った銃により死亡。2人に銀河の平和を託す。
ティン・ラオ
アシュラン三兄弟の次兄でラットバルト選帝公。アザリンより1つ上。三兄弟の中では最も冷徹であり、侵略した土地を制圧するには一番適した性格と言われていた。
ラアルゴン、アザリンを一番憎んでいたと思われていたが、兄弟から見れば一番アザリンを愛していたかもしれない人物。アザリンとの一騎打ちで死亡。
ティン・シュン
アシュラン三兄弟の末弟でアザリア辺境伯。アザリンとは同い年。その立場のせいか実力はあるがやんちゃ坊主の雰囲気が拭えず、主催したパーティーで乱闘騒ぎが起こった際本来ならば抑える立場の彼だったが見るや否や嬉々として乱闘に参加した。
一族の敵ではあるがアザリンを憎むことはできず、彼女の安全をタイラーに託した程。
アシュラン戦役ではタイラーに完膚なきまでに完敗するが2人の兄の死亡、降伏の潔さを認められ銀河最辺境伯に封じられる事で生き延びる。

その他
颱宙「ジェーン」
宇宙に発生した超重力の「颱宙」(「台風」ではない)。発見したヘギョン・カン少佐は「ジェーン」と名付けた。星雲が台風にとっての熱源に相当し、銀河系がジェーンの標的にされたことから銀河系滅亡の危機に陥る。その行動は気紛れで、キムによると「まるでタイラー提督」。風速四十光年以上の速度で接近するが、ARA-IIIなどの赤色巨星を銀河中央に集め、人為的に超新星を起こさせ、その衝撃で「横になっている銀河を縦に」移動させ、間一髪かわした。およそ1万年後に、今度は少々の移動では交わせない動きを取って銀河系に再接近する見込み。
名前は「ジェーン台風」のもじり。

無責任キッズ
ビクトリー・キサラ・ウエキ・タイラー
タイラーとユリコの第一子。アシュランにより地球が陥落した日に生まれる。生まれて暫くはアシュラン側に母と共に人質となっていた。
成長後は士官学校へ入学、偉大すぎる父を超えようと奮闘。因みに士官学校在籍時の校長はキム。傲慢かつ尊大で、シゲチヨをアゴで使う。父以上の強運を持ち、策謀家。のちに惑星連合宇宙軍は彼女の傀儡になった。
シゲチヨ・ヤマモト
ヤマモトとハスの第一子。キサラより2つ年下。親子共々タイラー一家に振り回される運命になるが、本人はそれで結構幸せらしい。女装が似合いユーミィ達の玩具にされたり、ウェディングドレスまで着たりした。
クム・ナン
両性共有の王族。『スリーピング・ビューティー』計画に参加、専用施設がある星でキサラ達と出会い、大きな影響を与える。
レオナルド・リチャード・カーネギー・デュポン・ミツイ・イワサキ・ロックフェラー?世
宇宙を股にかける大財閥の御曹司。通称ディック(ビニールパック・ボンボンとも)。生まれながらに免疫に問題があり、完全に除菌された部屋でしか生きる事ができない。どうしても部屋から出なければいけない時は、やはり完全に滅菌された宇宙服を着るが、重すぎて自力で行動できない。
キサラの行動力に惹かれ、プロポーズする。
ハルミ?
かつてタイラー率いる『阿蘇』に潜入し、コジローとドクターにスクラップにされたハルミのデータと保存されていた記憶チップを元に再度作られたアンドロイド。キサラ達を助ける。アニメで初代ハルミの声優だった岡本麻弥の頼みで、このような形で再登場を果たした。

無責任カルテット
ジャスティ・エドワード・ウエキ・ハス・ヤマモト・タイラー?世
キサラとシゲチヨの長男、つまりタイラーの初孫でタイラーが一番可愛がっている。通称「エド」。弟一人と妹が三人いる。名前が長すぎて昔から苦労している。両親の強運と不運を併せ持つ。
幼い頃に出会い結婚を誓い合ったマチコを探し求め(モチーフは『君の名は』)、邪教集団ブラック・セラフィムに潜入までした。
カツヤ・ウエキ・タイラー・ジュニア
タイラーとユリコの長男。エドより3歳年長の叔父。一応タイラー家の嫡男だが本人曰く「家督は姉貴がもっていったようなもので、家を継ぐのはエド」。豪快な性格だが頭は切れ、軍人ではないが艦隊を率いるのを任されるや否や大活躍、「(赤色巨星)番長」の二つ名で活躍する。
ディスティニー・ノリカ・ウエキ・タイラー
タイラーとユリコの次女。エドと同い年の叔母。末っ子という事で三人兄弟の中では一番可愛がられ、かつ一番彼の強運を受け継いだ。後にケンと結婚、7人もの子供をもうける。
ロナルド・ケン・カーネギー・デュポン・ミツイ・イワサキ・ロックフェラー?世
かつてキサラにプロポーズしたディックの一人息子。通称ケン。母はキサラの友人だったイリナ。人工授精で誕生した為父親の病気は遺伝していない。後にノリカと結婚。

ブラック・セラフィム
ヤーヴェを師とし、マリアを崇拝する邪教集団。実態はマリア=マチコの為にハーレムを作ろうとしたヤーヴェ=カヤマの歪んだ愛で生まれた。幹部の大多数は『リガの惨劇』の孤児で、事故がトラウマと化して雷を怖がる。

マチコ・カヤマ
エドの初恋の相手にして、タイラーのかつての親友コウサク・カヤマとノリコ・バッハの孫。ソーラーシステムの暴走により起こった『リガの惨劇』により両親を失い一時的に叔父夫婦に引き取られ、エドと知り合った。その後祖父・カヤマに引き取られ行方不明となる。
邪教集団ブラック・セラフィムの「マリア」として崇拝される。
ラヤ・キムターク
ブラック・セラフィムの幹部。『リガの惨劇』の孤児。カツヤのライバルとなる。
名前は木村拓哉から。ブラック・セラフィムの主要メンバーの名前はSMAPと少年隊のパロディ。
カイ・マサヒコ
ブラック・セラフィムの幹部。『リガの惨劇』の孤児。キムタークの弟的存在。
名前は中居正広から。
シン・カトリ
カトリの末息子。いじめられっ子だったがブラック・セラフィムの中に自分の居場所を見つけて入信する。
名前は香取慎吾から。

無責任三国志

汎銀河共和国
イツマ・タイラー
シリーズスタート時は21歳。タイラーの玄孫でありキサラの曾孫でありエドの孫。父親はエドの長男。タイラーが99歳の時に誕生した。本来は女性として誕生したが11歳の時叔父(エドの次男)に暴行され、女性を捨て男となった。本名はジョアンナ。
その経験から男性と比較されるのを極端に嫌う。最終的に大統領にまで上り詰める。
そんな彼女の全てを受け入れ、支えてくれたドミンが命の危機に晒された際全ての持てる力を使い、彼が助かると最大の助力をしてくれた「ベルファルド・コーポレーション」を国家と認め、メディアで自分が女性である事、男性として生きた理由をカミング・アウトする。
アキヅキ
イツマの片腕。敏腕の弁護士であり後に大統領となる彼女を支える。
ドミナント(ドミン)
ある小国の王子。本名はもっと長い。大学卒業後はイツマが経営する会社に就職、いち早く彼女の正体に気付き支える。後にプロポーズし結婚、「ファースト・ハズバンド」と呼ばれる事になる。
シズマ
イツマの弟。先天的に知的発達障害があるが天才画家と呼ばれ、その絵はキャンパスに留まらず様々な場所に伸び伸びと描かれる。ベルファルドと共にある事件に巻き込まれ精神的に大きなショックを受けるが、それが引き金となってさらに才能を開花させる。
リトラ
女性ながら警視正の地位にある優秀な警察官。
名前の由来はリトラで、名前通りゴメスの天敵である。ゴメスを通じてスレイに加担することになる。
ラルゲユウス、ゴーガという部下がいる。
リカルド・ゴメス
執念でスレイを追い続ける警部。いわば銭形警部である。後に帝国へ亡命する。
名前の由来はゴメス。

ベルファルド・コーポレーション
イーサン・ベルファルド
シリーズスタート時は21歳。エドの次男の結婚相手の連れ子。実はタイラーの細胞から作られたクローン。
性格は大人しいが正義感が強く、タイラーのクローンだけあって戦略にも長ける。タイラーの策略「銀河三分の計」により『ベルファルド・コーポレーション』という企業国家を成立させる。性格はアニメ版のタイラーを元にしている。自分もまたクローンを作り、跡を継がせている。
チッコリーナ
ベルファルドの妻。タイラー家を出たベルファルドが勤務していた会社の同僚。その会社が倒産後障害者達と立ち上げた会社を共に支え続けた。彼との間に一男一女。
ハルミ?
ハルミシリーズの後継機。ベルファルドのサポートを続けるが、部品等の関係から彼女以降の製造は不可能。
エッソ・ケーゼギンク
ドミンの大学の同期。優秀だが若すぎて、「労働基準法に引っかかる為」と企業に拒まれ続けていたが、障害者も分け隔てなく受け入れるベルファルドの会社に就職する。姓をよく間違えられる。
セイジューロー・キタグチ
タイラーファミリーの一人として活躍したドクター・キタグチの子孫。やはり酒豪だが腕は確かで、難しいと言われたドミンの手術を成功させ、会社の「国家」としての成立を可能にさせた。
あまりにも「先代」に似過ぎているので、彼もまたクローンではないかという説もある(というか自ら疑っている)。
ナ・バァム・ドム
ル・バラバ・ドムの子孫。当初は帝国でバグジーに忠誠を誓っていたが訳あってベルファルド側についた。もちろんバグジーに対する忠誠は変わっていない。
アンリ・ゴドー・ナンジェッセー
スレイの兄弟姉妹たちである試験管ベビーたちの中でも特別な扱いを受けていた男。「決定的瞬間に偶然居合わせる」という特殊能力を持つ。ゴシップ誌の記者としてベルファルドの前に姿をあらわす。
スレイ抹殺の任務に失敗した後、組織から自分に関するあらゆる痕跡を消されたせいで生活できなくなっていたところをベルファルドの会社に拾われ、以後会社の後ろ暗い部分を担う存在しない役職「特務部長」となって会社の躍進の裏の立役者となる。その後ある事件において爆発する艦からの脱出を拒み、死亡する。

バグジー・スレイ帝国
ドン・レオ・スレイ
シリーズスタート時は21歳。ある施設で育った孤児だが、その施設で生まれた子供達は皆タイラーの冷凍保存された精子から生まれた試験管ベビー。つまり彼はタイラーの「息子」に当たる。
気が荒く、警察のお世話には何度もなったが情には厚い。刑務所から早く出所できる手配をしてくれたバグジーの境遇に同情して彼をつれて出奔、バグジー・スレイ帝国を立ち上げる。バグジーからは父に次ぐ者として「亜父(あふ)」と呼ばれる。
バグジー・マローン・ウエキ・タイラー?世=ノワール・ド・エル・クラン・ライクン
エドの娘の一人息子であり、アザリンの曾孫にあたる。通称バグジー。タイラーの120歳の誕生日パーティーが行われたビルで偶然スレイと出会い懐く。
スレイが出所して間もない頃に皇帝だった父と母を事故で亡くすが、ラアルゴンの一部により皇帝への即位を拒まれスレイと共に出奔、帝国を立ち上げバグジー1世として即位する。
ノーイ・ライオネス・スレイ
ある惑星で男に買われ、スレイの前に「一夜の供に」と現れた。その男の行動に激怒したスレイは彼に「ある事」をした後、彼女を自分の養女として育てる。
皇位を巡って不安定な状態にあったバグジーの元にスレイからの使者として現れて以来彼と懇意になり結婚する。
ユーリア・ヒープ
ドミン達の大学の同期。容姿に自信がない(実際には「磨けば光る」事が後に判明する)代わり、才能でのし上がろうと当初はイツマの会社の面接に望むが彼女の逆鱗に触れ不採用、スレイの元へ走る。
名前の由来はユーライア・ヒープ。
プラティープ・チュリアカーン
スレイの片腕であり、組織の弁護士のような立場にいた。アキヅキとは大学の同期。弁護士としての腕は互角。
イサーン料理とムエタイの達人でもある。
後年ベルファルドの娘・ハルミと不倫関係に陥り、ベルファルド・コーポレーションに亡命する。

無責任黙示録

惑星連合宇宙軍
平松 巌(ひらまつ いわお)
『真』におけるタイラー家の初代。元々は惑星天神二本松町「平得寺」の住職だったが還俗して惑星連合宇宙軍に入隊。のちロック・タイラー伯爵となり大将にまで出世する。
孫の真魚・ウエキ=タイラーとファイナスの孫であるジャスティス・ヤマモトを結婚させることで、両家の血を一つとした。
シゲル・ファイナス=山本(-やまもと)
日系移民七世であり、巌の同期。ある考えあって巌の復讐劇に付き合い出世する。
復讐劇が終わったあとは、巌と別れ、宇宙を放浪しつつ自分の血族を増やしていった。
ジョセフィーヌ・キャロン=カペー
カペー公爵の孫で宇宙軍大将。しかしリュフランの策略で祖父が謀殺され、大佐に格下げされた揚句左遷される。
巌と一夜を過ごし、子を設ける。
ミシェル=ド・リュフラン
巌とファイナスの仇敵であり、軍の最高責任者。異常なまでに日系人に憎悪を見せる。
ピエール・リュフラン
リュフランの一人息子であるが父とは正反対の性格。父の暴走に心を痛めつづけていた。父の力で少将に出世する。

民間人
ベルリーナ・ガローニ
ジュゼッペ・ガローニ男爵の長女であり、かなりの美女。リュフランの横暴により、ピエールと結婚する。
ベルリネッタ・ガローニ
ベルリーナの妹。姉同様かなりの美女であったが、ある事件から巌一筋になる。
巌と結婚し、一児を設ける。

ラアルゴン帝国
アル・メフマーン・エル・クラン・ライクン
ゴザ一世の次男。非常に優しい性格で、捕虜扱いとなった巌を何かと慕う。人間ジップ・カァーンでの皇位決定戦により兄を倒し、ゴザ二世となる。
巌とは深い信頼で結びついていたが、離別することとなった。死ぬまで友であるタイラーを待っていた彼の思いは、アザリンの代で叶うこととなる。
男性とは思えぬ美貌の持ち主で、その美貌に惑わされる同性も少なくない。
ドル・ムズメット・エル・クラン・ライクン
ゴザ一世の長男。弟は違い非常に活発かつ勇敢な皇子で人望も厚い。皇位決定戦においてメフマーンに負けるが、決定戦以降は潔く身を引き生涯にわたり弟を補佐し続ける。
自分では御することができないと知りながら、ファイナスを傍に置いていた。
ギルス・ド・ロナワー
メフマーン皇子の遠縁にあたるが血縁の関係無しに彼に心酔する。作戦の失敗により、一時期更迭される。
ビギ・ラ・ワング
ラアルゴンの神学生。メフマーン皇子の側に仕え、後に僧正になる。
ベロバ・ドム
ロナワー更迭時に提督を務めていた男。ロナワー復帰後は自らの意志で故郷に帰る。
ピエル・アル・ドレス
ラアルゴン戦艦『サルバローメ』の艦長。巌達を地球まで送り届けるついでに地球に帰化。以降ハンス・ビョルン・アンドレセンと名乗る。

メカニック

惑星連合宇宙軍
駆逐艦「そよかぜ」
タイラーが最初に艦長を勤めた老朽駆逐艦。味方の全軍崩壊の危機に際し、タイラー中尉が殿を志願し、与えられた艦(駆逐艦の艦長には最低限、少佐の階級が必要な為、戦死の二階級特進を前借して少佐となった)。建造から半世紀を経た老朽艦。アニメ版では最後までこれに乗り続ける。副長はジェット・シン・ヤスダ大尉。原作では少佐に昇進したヤスダが後任の艦長となっている。
後にベルファルドが最初に指揮する老朽駆逐艦も「そよかぜ」と改名される(無論別の艦である。旧名は「はなかぜ」)。
重巡洋艦「阿蘇」
小説1巻においてタイラー大佐(駆逐艦「あさなぎ」での活躍により昇進)が艦長を勤めていた最新鋭の重巡洋艦(なお、この世界の重/軽巡洋艦の分類基準は作者にもわからないらしい)。副長はマコト・ヤマモト中佐。この艦のクルーを中心にタイラー一家が形成されていく。惑星ホロシリの反乱鎮圧に使われたのを最後に退役。
アニメでは、最終話でヤマモトに与えられる予定だったが、進宙式の際にそよかぜに吹っ飛ばされた。
戦艦「摂津」
セッシュウ・ミフネ中将が司令官として座乗する戦艦。小説1巻においてタイラー少将(重巡洋艦「阿蘇」での出撃で戦死したと思われ、二階級特進)がラアルゴンから脱出してきた際、戦死直前のミフネ中将より指揮権を託される。
戦艦「肥前」
アニメ版でミフネ中将が座上するミフネ艦隊旗艦。艦首に大口径粒子砲を搭載する。
空母「鳳凰」
アニメ版での参謀本部旗艦。肥前を上回る全長1.5kmもある巨大空母で、フジ中将が乗艦しており、艦内には手術室や軍法会議場、処刑場などもある、一種の移動要塞である。
戦艦「尾張」
惑星連合軍総司令長官アドリアン・アンダーソン元帥が座乗する、宇宙軍の総旗艦。
戦艦「信濃」
トオル・J・ヒラガー造船中佐開発の対ラアルゴン用に建造された最新鋭戦艦。フジ中将の主導による「八・八艦隊計画(旧日本海軍の八八艦隊計画がモデル)」の一環で、戦艦、巡洋戦艦を8隻ずつ建造する計画だった。AIによる無人制御、強力な破壊力を誇る無限粒子砲が特徴。しかし自我を持つに至ったコンピューターが暴走し、ワングに利用され、タイラーと対決する。
巡洋戦艦「六甲」
「信濃」と並んで八・八艦隊計画において計画された、全長1500mの大型戦艦で、細長い艦体を持つ(兵装を無効化されたときは「ただの棒切れ」と表現されていた)。主兵装は分間6000発を誇る46cmバルカンフェザー砲。軍縮条約(アスキルト条約)に基づいてモスボール化。のちにタイラーがラアルゴンに味方するとモスボールを解いて出撃したが、成果は得られなかった。
究極戦艦「樺太」
ラアルゴンと停戦・軍縮条約(アスキルト条約)が結ばれた後、その「全長1000m以上の艦を保有してはならない(正確には建造も禁止されているが、代替建造の名目でクリアされることもある)」という条項の裏をかいて作られた艦。「信濃」の無限粒子砲を上回る兵器・拡散無限粒子砲を装備している。その他にも多数の武器を備えており、その火力は訓練不足のアシュラン艦隊を大混乱させるほど。全長999m、全幅8500m。当然ながら横向きに進む。
自動攻撃惑星システム(小説外伝4巻では「自動攻撃衛星システム」)
小説4巻で初登場。莫大な費用をかけて太陽系の防衛システムとして建造された、2個1組で構成される人工天体。主兵装は2つの巨大な質量の干渉により発生する力場を利用し、一撃で恒星をも撃破することが可能な高出力のエネルギー粒子砲である。しかしそのエネルギー蓄積に3日かかるのが欠点で、その間は通常兵器で対応するしかなくなってしまう。太陽系には4組配備されており、冥王星軌道上に「ソドム」「ゴモラ」、海王星軌道上に「スコル」「ハーティ」、天王星軌道上に「ヘルター」「スケルター」、土星軌道上に「満珠」「干珠」が配備されている(このうち「満珠」「干珠」はアシュラン戦役のラストでタイラーの作戦に使われる)。他に試作タイプの「ドグラ」「マグラ」が存在したが、惑星ホロシリへの配備後反乱に利用されてしまう。

ラアルゴン帝国
高速戦艦「ドローメ」
ル・バラバ・ドムが艦長を務めるドローメ級高速戦艦。アニメでは重巡洋艦。
戦艦「バローメ」
アニメ版でのラアルゴン帝国軍宇宙艦隊司令長官ドナンが艦長を務める巨大戦艦。そよかぜを追い詰めるが、タイラーの悪運に破れ撃沈。ドナンも戦死する。
戦艦「ズワーフ」
ナク・ラ・ワングの旗艦。タイラーに敗れて逃走し、宇宙災害により大破した。
駆逐艦「ガルギュラン」
シア・ハスが艦長を務める大型駆逐艦。
移動要塞「メルバ」
ゴザ16世の御座艦。当初は「戦艦」と称されていたが、後に「巨大砲艦」と呼ばれたり、「移動要塞」と呼ばれるようになった。「惑星破壊砲」を装備。地球側に拿捕され「磐手」と改名された(後に返還され、その後特設探査艦に)。
戦艦「クワトローメ」
ルッチナ1世(ゴザ16世重祚)の御座艦。のちに「銀河の汚れだけをきれいに落とす」「アザリン砲」を装備。

2009年02月04日

長氏

長氏(ながうじ、おさうじ) 日本人の人名。吉良長氏、伊勢長氏など。
長氏(ちょうし) 日本の氏族の一つ。
長氏は能登の国人一族。本項で詳述する。
伯耆の国人長氏については長氏
オシロイ ガゼル ラッコ メント ハイジ 坊っちゃん 情報ロー リウム チェック ロビー のりくら サジー ブラスリ ヒーメン サルタ ビエン ルール ユーレ マドロス ビスチェ シャング クノッソス セルモーター バルセロナ ワードパワ リセッショ ギター ヒアリ アーユル 四季の月 ハウス シーズンズ ソング ソグド ファム 歌姫情報 ケロイ ギガス カップル ナビラム ナタデ トライ タキオ コップ すなごけ パフューマー スポンジ プレビ セレク ネフレ

長氏(ちょうし)は、日本の氏族のひとつ。能登の国人領主。

はじめ姓は「長」ではなく、「長谷部」であった。鎌倉時代、鎌倉幕府の御家人となった長谷部信連より始まるとされる。信連は鎌倉幕府から能登大屋荘を与えられて領主化した。その子孫が「長」姓に改めたのである。

室町・戦国時代
室町時代に入ると、能登畠山氏の家臣として仕える。長氏で最も著名な人物は、第18代当主となった長続連、その息子で第19代当主・長綱連、第20代当主・長連龍らの親子である。

続連は能登穴水城主で、もとは平加賀秀連の次男だったが、第17代当主・長英連の養子となって長氏を継いだ。続連は畠山義続の時代から畠山七人衆の一人として暗躍した。やがて能登に織田信長の勢力が伸張してくると信長と誼を通じて上杉謙信に通じた遊佐続光らを中枢から遠ざけ、子の綱連と共に幼君の畠山春王丸のもと、実権を掌握した。

天正4年(1576年)、上杉謙信による能登侵攻を受けるが、続連主導のもと、七尾城に立て籠もって一度は撃退する(七尾城の戦い)。しかし天正5年(1577年)、謙信の再侵攻を受け、その籠城戦の最中に城内で疫病が流行って進退に窮し、最後は謙信と内通した遊佐続光らによって続連、綱連ら長一族は大半が殺されてしまった。

このとき、長一族で生き残ったのは、続連の次男で信長のもとに援軍要請に赴いていたために命拾いした長連龍と、綱連の末子で七尾城から乳母に抱かれて脱出した長菊末丸のみである。後者はのちに京都清浄院で僧侶となった。連龍は父や兄の死後、長氏の家督を継いで織田信長の家臣となって能登攻めに抜群の功を挙げて父の仇である遊佐続光らを討っている。
天正10年(1582年)に信長が死去すると、七尾城主となった前田利家に仕え、以後は前田家に臣従した。

江戸時代
長氏は前田家臣従後も鹿島郡の半分の 3万3000石を領有し、半大名状態だったが、連龍の曾孫の尚連の時代にお家騒動を収拾できなかったことから、前田綱紀は長氏の鹿島半郡の領主権を取り上げた。以後は金沢在住の前田家重臣(禄高:3万3000石)として長氏は存続した。

明治維新後
維新後、長氏は男爵に叙せられた。
太平洋戦争当時、沖縄戦を戦った帝国陸軍第32軍参謀長長勇中将は長氏の末裔である。

系図
 ┃
英連
 │
続連
 ┣━━━┓
綱連  連龍
     ┣━━━┓
     好連  連頼
         ┃
         元連  
         ┣━━━┓
         連房  尚連
         ┃
         高連
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長 続連(ちょう つぐつら、生年不詳 ? 天正5年9月15日(1577年10月26日))は畠山氏に四代にわたって仕えた重臣。対馬守。穴水城主。

畠山七人衆の一人で、数々の主君の放逐や擁立などを行なった。織田信長の勢力が能登にまで伸びてくるとこれに近づいて親密な関係を作り、同じ畠山家中の対抗勢力である遊佐氏、温井氏などに差をつけ、家中で随一の勢力を誇る重臣となった。天正4年(1576年)から越後の上杉謙信による侵攻を受けたが、続連はこれを七尾城に籠もることで一度は追い返した。しかし翌年の上杉軍との戦いのとき、城内に疫病が発生して形勢が不利になったうえ、同じく畠山重臣で親上杉派であった遊佐続光や温井景隆らが謙信に内応したため、城は落城。続連をはじめとする長一族はほとんどが城内において殺されてしまった。ひそかに派遣した子、長連龍が引き連れた織田の援軍が到着する数日前の出来事であった。

長 綱連(ちょう つなつら)は、戦国時代の武将。能登畠山氏の家臣。

凡例長綱連
時代 戦国時代
生誕 不明
死没 天正5年9月15日(1577年10月26日)
氏族 長氏
父母 父:長続連
兄弟 弟:長定連、長連龍、長則直
子 竹松丸、弥九郎、菊末丸
畠山氏の重臣である長続連の嫡男として生まれる。永禄10年(1567年)から元亀2年(1571年)の間に父・続連より家督を継承したとみられる。元亀元年(1570年)に畠山義慶政権で一新された年寄衆に綱連は温井景隆、平堯知、遊佐盛光、三宅長盛、長光連らと共に列した。天正2年(1574年)に義慶が死去するとそのまま義隆に仕え、父と共に能登畠山家の筆頭重臣として活躍する。その義隆も天正4年(1576年)に死去すると、その跡を継いだ畠山春王丸の後見人となる。春王丸は幼少だったため、父と共に能登畠山氏の実権を掌握し主導した。

同年冬から越後の上杉謙信による侵攻を受けたが、父と共にこれを1度は撃退した。しかし天正5年(1577年)に再び謙信の侵攻を受け、その最中に春王丸も死去して窮地に陥ると、弟の長連龍を使者として織田信長に援軍を要請する。しかし援軍が到着する前の9月15日、謙信と通じた遊佐続光や温井景隆らの裏切りによって、七尾城内で父や一族と共に殺された。

長 連龍(ちょう つらたつ)は、戦国時代から江戸時代初期の武将。

生涯
天文15年(1546年)8月15日、畠山七人衆の一人である長続連の三男として生まれる。幼名は萬松。その後、臨済宗の僧となり、宗先を称して孝恩寺の住職になっていた。天正5年(1577年)に上杉謙信の侵攻を受けて七尾城を上杉軍に取り囲まれると、父の命で密かに織田信長のもとへ援軍要請に赴く。しかし、援軍が到着する前に城内での裏切りにより長一族が遊佐続光らに殺されたため、一族の中で一人生き残り、還俗して好連を名乗り織田氏の家臣となった。

その後、復讐の念に燃え、仇である遊佐らと戦を繰り返し、神保氏張らと共に能登・越中を転戦し、前田利家、佐久間盛政らとともに遊佐らを討ち取ることに成功する。能登が前田利家に与えられると土肥親真らと共にその与力となった。

天正8年(1580年)1月10日、連龍に改名する。天正10年(1582年)の本能寺の変後は利家の家臣となり、賎ヶ岳合戦など数々の合戦において功をあげた。

慶長11年(1606年)に家督を長子の好連に譲り隠居したが、慶長16年(1611年)に好連が早世すると再び長家当主の座に復帰し、大坂の陣にも従軍した。

元和5年(1619年)2月3日、能登田鶴浜(現七尾市)にて死去。享年74(満72歳没)。家督は次男の連頼が継いだ。以降子孫は加賀前田家の家老として3万3,000石を領した。

長 連頼(ちょう つらより、慶長9年(1604年) ? 寛文11年3月24日(1671年5月3日))は江戸時代初期の前田家の家老。長連龍の次男。長家23代当主。長松、左衛門二郎、左兵衛、安芸守、九郎左衛門。兄弟に長兄長好連、豕子(浅賀作左衛門室)、栗(南嶺院、前田利常側室)、竹(前田直知室)。室は香集院(不破光政娘)。子は、長元連、犬(光照院、前田利豊の子の前田貞里室)。 

元和5年(1619年)に父が没し、すでに兄が亡くなっていたので、家督と能登鹿島半郡ほか加賀国・能登国内33000石を継ぐ。鹿島半郡は、織田信長から父の連龍が受領したところで、前田氏の家臣となってからも、本来なら他の家臣が分散して知行地を持っているのとは別格に、金沢のほかにも知行地の鹿島郡田鶴浜にも本拠を持っており、藩主もこれに手をつけることができなかった。そんな中、在地の家臣の浦野孫右衛門信里と金沢の家臣の加藤采女の対立があり、浦野が新田開発をしそれを私有しているという噂が流れ、寛文5年(1665年)2月に新田の検地を実施しようとしたが、これを加藤采女派の策謀と思った浦野派は、同年3月27日、検地反対の旨の書面「検地御詫」を連頼の子息の元連を仲介して提出した。しかし、9月には検地が一部行われ、浦野は元連と連携して、有力農民を扇動して検地の阻止に出て、検地をすることができなくなった。連頼は、これを重く見て、単独での処理はできないと判断し、寛文7年(1667年)2月15日、本多安房守、横山左衛門、前田対馬、奥村因幡、今枝民部という藩の重臣を通じて、浦野派の罪状を書いた覚書を加賀藩に提出した。藩主前田綱紀は、鹿島半郡を直接統治のよい機会と考え、介入し浦野孫右衛門、兵庫父子ら一派を逮捕。このことを幕閣の保科正之(綱紀の舅)に相談し、寛文7年(1667年)に浦野父子ら一派の首謀者は切腹、切腹したものの男子は幼児であっても死刑に処され、協力した有力農民の多くが磔になっている。罪は子息の長元連にもおよび、剃髪の上蟄居となり、元連の子の千松(のちの長尚連)が後継者となるが、検地の場合は藩の命令に従うこと、諸役人の任免は藩の承認を得ることなどの条件がつけられた。この事件を「浦野事件」という。

浦野事件の4年後の寛文11年(1671年)没し、田鶴浜の東嶺寺に葬られた。乾徳院鉄山良剛老居士。そして、尚連(10歳)が当主になると、前田綱紀は鹿島半郡を取り上げ、その代わり石高に見合う米を給することになった。これにより、長氏の特権が完全に潰えたのである。その後、長氏は、高連(尚連の養子)、善連、連起、連愛、連弘(本多政礼次男)と3万余石の家老のまま、幕末に続いている。

2009年01月21日

民間団体に改組するべく

武徳会は終戦に伴い、ただちに従来の性格を改めて民間団体に改組するべく、昭和21年(1946年)1月には運営の民営化をはかり、武道の諸団体と相協力して維持発展に努力を期し、役員も全国から選ばれた評議員の会で純民間人を推薦してこれをあて、取扱う種目も剣道・柔道・弓道などに限定した。文部大臣の認可も得たが、次第にGHQからの調査が活発となり、

強力な中央集権的団体であった。
中央・地方を通じ高級軍人・特高関係の警察官を網羅し国家組織と結びついていた。
莫大な資産を有していた。
などの理由で解散を命じる空気が漂い始める。武徳会と文部省は種々協議を重ねるが、解散止む無しとの認識にいたり、ついに解散を決定した。昭和21年(1946年)9月28日付でGHQあてに報告書を提出、10月31日自主解散を宣言し、52年にわたる武徳会の歴史を閉じた。しかし、GHQは武徳会の自発的解散を認めず、11月9日武徳会に対し解散を命じ、武徳会に関係した官民約五千名が追放された。

武徳会の解散にともない、愛好者によって各地で地方連盟の組織化が進み全国的に波及する。これら諸団体の総意を結集して昭和22(1947年)年「全日本弓道連盟」を結成。しかし、諸般の事情[9]が絡み昭和23年(1948年)12月解散。昭和24年(1949年)4月3日新たに「日本弓道連盟」を結成、8月2日体育協会に正式加盟が承認される。昭和28年(1953年)9月15日文部省より財団法人の設立許可。世情が落ち着いた昭和29年(1954年)、昭和27年に起きた大日本武徳会再建活動が再度活発となり、弓道連盟内でも問題となる。しかし、文部省は慎重な審議の結果、民主的に組織されて健全に活動している全国的な団体が既に設立され、体育協会にも加盟している事などの理由で、昭和30年(1955年)8月武徳会設立認可申請を却下し、弓道連盟内で武徳会再建活動を行っていた射手達は連盟を去っていった。昭和32年(1957年)1月18日「全日本弓道連盟」へと名称を改めた。

戦後の射法混乱を改善し、弓道の大綱を明らかにすべく、昭和28年(1953年)8月「弓道教本 第一巻」が発刊される。様々な流派の長所を生かして現代弓道の指標とし、特定の流派に所属しないでも弓道の大綱を学ぶ事が出来る様になった。「弓道教本」では射法八節を定め、大日本武徳会で制定された「弓道要則」の統一打起し(中間打起し)を正式に廃し、正面・斜面の打起し方法を採用した。射礼・体配は小笠原流の作法・動作を中心に採り入れ、流派ごとにまちまちであった射礼・体配を連盟方式に統一し、試合や審査上の混乱を是正した。

学校弓道の戦後
昭和20年(1945年)11月・12月、文部省発体80号・100号により、学校における武道(剣道・柔道・薙刀・弓道)の授業は全面的に禁止され、課外の部活動も禁止された。文部省は学校教育における戦時色の払拭に努め、武道の免許状も無効扱いとされ、「武道」という言葉自体に軍事的な意味合いを含むとして使用は控えられた。その後、昭和26年(1951年)7月25日、文部事務次官通知により中学校以上の体育教材として弓道の実施が認可され、再び学校教育に採り入れることが許可され、課外の部活動も解禁される。昭和28年(1953年)7月11日、全日本学生弓道連盟が再結成。昭和31年、全国高体連に弓道専門部が新設。昭和42年(1967年)3月29日、文部省発体120号の通達により、弓道が高校正課体育種目として体育の時間に指導することが可能となる。平成元年(1989年)、高等学校学習指導要領改訂にともない、「格技」は「武道」に改められ、これまで「格技」ではなく「個人種目」に含まれていた弓道は、「武道」の領域に含まれる事になった。

現在
現在では全日本弓道連盟が中心になり、各流派の特徴を取り入れるなど現代社会のスポーツ性を考慮した射法が主流となって、全国的に射法が平均化され地域差が少なくなっている現状がある。ただし、全日本弓道連盟の「統一見解による射法」は非常に曖昧なもので、指導者によって技術論に差異が認められるなど全日本剣道連盟による「日本剣道形」(「大日本帝国剣道形」の名称変更)の様ないわゆる「統一射法」は存在せず、全日本弓道連盟が公式に定めているのは「射法八節(後述)」「礼法」「間合い」のみとなっている。同じ射距離で同じ弓・矢・カケを用いているにも関わらず、極論全く正反対の技術であっても現在のところは通用している[10]。

このような技術論に差異が認められる所以は日本の弓術独特の進化過程に起因する。目的に合わせて、馬上の射「騎射」、徒歩(かち)の射「歩射」、通し矢の射「堂射」と、流派の中でそれぞれで独自に進化、発展した経緯が背景にあり、「射法八節」の中で流派技術であったり、日本弓術の伝統的技術体系である歩射・騎射・堂射の技術が入り乱れるなど、射手や指導者によって技術の取捨選択が成され、現在では多くの射手はそれぞれの技術が入り交じった「射法」を行っているのが現状である。目標がそれぞれ異なる歩射・騎射・堂射を明確に把握して弓を引いている射手は非常に少数となった。従って高段位である指導者層の変遷に伴い、時代による射技・射型の流行・廃れが現代弓道の1つの特徴として見られる。一方で、古来から続く弓道、弓術流派は自身の発展の土台(「騎射」「歩射」「堂射」の内のどれか)を重要視、または流祖の教え、古流の保存など、それぞれの目的に合わせ一貫した技術・教えにより古来からの伝統を受け継いでいる。弓道連盟に属して活動している流派・団体も多いが、弓道連盟とは一切関与せずに活動を行っている流派・団体も存在する。

射法八節
全日本弓道連盟では、射の基本動作を8つの節に分けて説明・指導をしている。これを射法八節(弓道八節)と言い、戦後に日本弓道連盟(全弓連の前身)の射法制定委員により制定された。詳細な技術内容は、流派や個人の考え・体格・思想等により異なる。以下は全弓連発行の「弓道教本」により説明されている射法八節の基本的内容である。

1.足踏み(あしぶみ)
射位(しゃい:弓を射る位置)で的に向かって両足を踏み開く動作。 [表示]最初に「執り弓の姿勢」(弓を左手、矢を右手に持ち両拳は腰に、両足を揃えて立つ姿勢)を取り、続いて「射位」に入り「足踏み」を行う。「射位」で的右手方向を正面にして立ち、両足爪先を結ぶ線の延長に的の中心が来る様に両脚を左右に踏み開く。両足底は外向きに約60度開き、両足爪先の間隔はおおよそ身長の半分程度。踏み開き方には以下二種の様式がある。
「一足開き」…顔を的に向けたまま左足を的に向かい半歩踏み開き、次に右足を一旦左足に引きつけて右外側へ扇の様な軌道を取りつつ踏み開く。
「二足開き」…顔を的に向けたまま左足を的に向かい半歩踏み開き、一旦目線を足下に取り右足を外側に半歩踏み開く。
礼射系に由来する射法の場合は「一足開き」、武射系に由来する射法の場合は「二足開き」。

2. 胴造り(どうづくり)
足踏みを基礎として、両脚の上に上体を安静におく動作・構え。 [表示]弓の下端を左膝頭に置き、弓を正面に据える。右手は右腰の辺りに置く。
「足踏み」と共に弓を引く為の基本姿勢を作る。

3. 弓構え(ゆがまえ)
矢を番えて弓を引く前に行う準備動作。 [表示]「取懸け」(とりかけ:ゆがけで弦・矢を保持すること)、「手の内」(てのうち:弓を保持する左手)を整える。
「取懸け」、「手の内」、「物見」(ものみ:的を見定める)の動作が含まれる。「弓構え」には大別して以下二種の様式ある。
「正面の構え」…体の正面にて取懸けて構える。
「斜面の構え」…体の正面にて取懸けて左斜め前(自分から見て)にやや弓を押し開き、手の内を整え構える。
礼射系に由来する射法の場合は一足開きの足踏みで正面の構え、武射系に由来する射法は斜面の構えか、二足開きの足踏みで正面の構え。

4. 打起し(うちおこし)
弓矢を持った両拳を上に持ち上げる動作。 [表示]次の「引分け」へ繋げる為の動作。「打起し」には大別して以下二種の様式がある。
「正面打起し」…正面の構えからそのまま弓矢共々両拳を垂直に持ち上げる。
「斜面打起し」…やや弓を押し開いた斜面の構えから両拳を左前方に打起す。
礼射系に由来する射法の場合は一足開きの足踏みで正面打起こし、武射系に由来する射法の場合は斜面打起しか、二足開きの足踏みで正面打起し。
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5. 引分け(ひきわけ)
打起こした位置から弓を押し弦を引いて、両拳を左右に開きながら引き下ろす動作。 [表示]「引分け」には以下三種の様式ある。
正面に打起した状態から左拳を的方向へ送り腕を伸ばし、右腕は弦を支え右拳を左拳と高さを合わせながら肘を張り、途中止めずに左腕は弓を押し開きつつ右腕を引き下ろし、次の会へ繋げる。礼射系に由来する射法の引分け方。
正面に打起し、引分けの途中「大三」(だいさん:押大目引三分一(おしだいもくひけさんぶんのいち)の略。弦を3分の1程引き取った状態。)で一旦動作を止め、一呼吸置いた後、さらに引分けて会へ繋げる。武射系に由来する射法の引分け方だが、足踏みは一足開き・二足開き双方とも組み合わせられる。
斜面に打ち起こした状態から弓を押し開きつつ右腕を引き下ろし、会へ繋げる。あるいは、引分けの途中「三分の二」(矢が眉毛の高さ、弦を3分の2程度引き取った状態)で一旦動作を止め、一呼吸置いた後、さらに引分ける。武射系に由来する射法の引分け方。

6.会(かい)
引分けが完成(弓を引き切った状態)され、矢は的を狙っている状態。 [表示]矢は右頬に軽く添え(頬付け)、小鼻の下部から上下唇の間(口割り)の高さ以内に収める。
見た目上は静止して見えるが身体的には「会」に入った後も力を掛け続け、次の離れへと繋げる。

7.離れ(はなれ)
矢を放つ、或は放たれること。 [表示]右腕が大きく右方向に伸びる「大離れ」、右拳が右方向に僅かに移動するに留まる「小離れ」、その中間の「中離れ」がある。
三種の内どの離れに至るかは「引分け」〜「離れ」に至る力の掛け様により異なってくる。

8.残心(ざんしん:残身とも書く)
矢が放たれた後の姿勢。 [表示]「離れ」後、そのままの姿勢を数秒保ち、心身ともに一息置く。
精神を意味して「残心」、身体で意味して「残身」と書く。